【歴史よもやま話】それでも肉を食らう人々①
富山本部校小学部
先日,明治時代に関する授業を行っておりますと,「明治時代になってから牛肉をはじめとする肉食がさかんになった」という説明をしたところ,当然生徒から質問があったわけです。
「じゃあ明治以前,人々ははいったい何を食べていたのか?」
というわけで,今回は明治以前(主に江戸時代)の食生活についてご紹介していきます。
(1)どうして肉を食べなかったのか?
当時の日本は仏教の価値観が強い影響力を持ち,結果殺生を伴う「肉食の禁止」は当然のこととされていました。
例えば豆腐をニンジンやヒジキなどといった野菜類と混ぜて固めて揚げたものを「がんもどき」といいますが,漢字に直すと「雁擬き」と書きます。「大造じいさんとガン」の「ガン=雁」ですね。ガンの肉に似ている?から「がんもどき」。何とか豆腐をアレンジして肉に似せたいという当時の人々の涙ぐましい努力が感じられます。豆腐は当時貴重なタンパク源で,豆腐料理のレシピ本「豆腐百珍」が1782年に出版されています。因みに,「Mステ」司会のタモリ氏がこの「豆腐百珍」のレシピを番組で披露したことは界隈では割と有名です。また,再現レシピを発表しているYoutuberも割といますので勉強の休憩がてらご覧になられると当時に思いをはせることができて勉強が捗るかも知れません。
※なお,翌1783年はアメリカ独立戦争終戦の年です。
また,鴫(しぎ)という鳥の肉にナスを似せて調理した「茄子の鴫焼」や,狸(たぬき)の肉の代用品として油で炒ったこんにゃくを用いた「狸汁」などもありました。しかし狸っておいしいんですかね…?
ともあれ,「表向き」「都市部においては」肉食が敬遠されていたようです。
(2)それでも肉を食らう人々
ここまで「都市部では」と断りを入れてはきましたが,このタブーを頑なに守っていたのはほとんど上流階級の人々(上級武士・貴族など)ぐらいで,実際には肉食文化は消え去ってはいなかったようです。1643年刊行のレシピ本「料理物語」には,シカ・タヌキ・イノシシ・ウサギ・カワウソ・クマ・イヌのレシピが紹介されています。マンガ「ゴールデンカムイ」にもカワウソを食べる描写がありましたね。頭がおいしいそうですよ?
もうどうやら我慢しきれず結局肉を食べていることが分かってきましたが,私たちが現在メインで食べている牛・豚はいつ頃から食べられていたのでしょうか?
(3)やっぱり薩摩は最強だった…
私も授業で散々ネタにした「薩摩藩」。関ヶ原の合戦では1500の兵を率いて参戦するも東西両軍に相手にされずブチ切れ徳川本陣に突撃,家康を散々ビビらせた上できっちり薩摩まで逃げ切る,薩英戦争でイギリスと「引き分ける」など逸話に事欠かないこの地域では,案の定というかなんというか,肉食を避ける風潮が広まる中で豚肉を食べ続けていたそうです。そりゃ強いわ。
現在も日本有数の豚の産地であることにはしっかりと背景があったのですね。
1695年刊行の「本朝食鑑」には,当時の豚の飼育状況から豚肉の効能等についての記述があり,また1712年成立の「和漢三才図会」という百科事典にも,長崎や江戸での豚の飼育についての言及があります。つまり,江戸でも豚を食べていた…ってコト!?
(4)…書きすぎたので前後編にしようと思います。
ここまでまとめてみて,冒頭に述べた「仏教的価値観からくる獣肉食の禁忌」とはいったいなんだったのか,と思わざるを得ないですが,正直おいしいから仕方ないね,という心持ちになっています。
あと,江戸時代レシピ本多すぎです。
このように,気になることを掘り下げていく,知的好奇心を満たす行為こそが「学び」の本質です。皆さんも気になることは調べて解決していくクセを付けてみてはいかがでしょうか?
後編(江戸時代の牛肉食・屋台文化の発展等々)へ続く…
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