落ち葉散り敷く頃。
「枯葉」と言えば、シャンソンの名曲「枯葉（Autumn Leaves）」だが、僕はビル・エヴァンスのジャズピアノの「枯葉」を真っ先に思い出す。
ジャズは全くの専門外だが、昔からピアノの音が好きだったこともあり、ビル・エヴァンスだけは好んで聞いている。「ジャズピアノの詩人」と呼ばれる人だ。

先日、久方ぶりにとある温泉街のホテルに宿泊した。古い老舗の宿だけに、あちらこちらに多少の汚れ、ほころびが見えはしたが、全体的にサービスの行き届いたいい宿だった。
この宿の1階ロビーや食堂には、朝晩関わらずビル・エヴァンスのピアノ曲が流れていた。
「枯葉」も流れていたはずだが、「枯葉」じゃなくてもビル・エヴァンスは秋の風情にぴったりだ。僕としてはそれだけで十分だと思った。
ただ周囲を散策してみると、所々にもはや営業をやめて廃墟と化したホテルが何軒かあった。ただでさえ哀愁を帯びたピアノの音が、いっそう物哀しく聞こえた。

※ビル・エヴァンス（Bill Evans）1929－1980
モダンジャズを代表するピアニスト。音楽活動30年の間に50枚以上のアルバムをリリース。グラミー賞7回受賞。後半生は、長年の飲酒、薬物乱用の末51歳で死去。

日本人たる僕は、かつては活気のあった温泉街を包む翳（かげ）りの印象と合わせ、秋風に「無常の風」を感じざるを得なかった。が、帰路の車中に流れるビル・エヴァンスは、やはりせつなくも美しいと思った。