八重(やえ)の桜
富山本部校高校部
八重桜は異様(ことよう)のものなり。いとこちたくねぢけたり。
(八重桜は風変わりなものである。たいそうぎょうぎょうしくひねくれている。)
いつぞやの東京で、「桜新町」という町に暮らしていた。
「桜」と付くだけに、通りの両側は全て桜並木だったが、その大半が「八重桜」であった。ソメイヨシノが散った後に咲き始める桜である。
ソメイヨシノのような優雅さや可憐さはあまり感じられず、
花びらが十枚から数十枚以上と幾重にも重なり(八重咲き)、ぼってりとしたその様が、
確かに「こちたし(言甚し)」=「ぎょうぎょうしい・大げさ」なのである。
その無骨な感じから、当時の私は一本一本の八重桜を「鬼の花束」と称した。
それでも、満開の時が過ぎ、一旦花が散り始めると、
多量の花びらが風に舞って一斉に落ち、すでに道に積もった花びらが風に舞い上がり、
上下あいまって濃いピンクが吹雪のように眼前を遮る様は壮観であった。
いや「壮麗」といった方がよいだろうか。
「こちたき」ものだが、その最期は見事なものであった。
ところで、あの桜並木の住人たちであるが、
高く散り積もった落花を日に何度もほうきなどで払っておられた。
「雪かき」ならぬ「桜かき」である。
雪国育ちの自分は、その光景にも妙に心ひかれたわけである。
