竹の子はおいしい
富山本部校高校部
射水市黒川あたりの竹林沿道では今、屋台風の店をほったてて、
各所で竹の子を販売している。
今年もまた竹の子のおいしい時期がやってきたんだなあ、と気づかされる。
味がよくおいしい竹の子は、すぐに掘り取って食べられてしまうが、
苦くてまずい竹の子は、掘り取られることもなく生き延び、天寿を全うできる。
老荘思想が言うところの「無用の用」である。
役に立たないものがかえって役に立つ。
竹の子の場合は、苦くて食用にならないことが、竹の子が切られずに生き残るのに役に立つ、
ということだ。
考えてみれば、社会の中で生きる人間は、自分の利点を主張すればするほど、
出る杭は打たれるになったり、打たれる前に争いごとが起こったりすることが多い。
「無為自然」(人為的な作為をせず、自然の成り行きに任せて生きる)然り、
老荘思想は今の現実社会には全くそぐわず「役に立たない」考え方ではあるが、
自分や自分の国のことを主張してやまない人間を見るにつけ、
無為に過ごすのも時には安穏としていいよな、と思ってしまうから、
精神衛生的には老荘思想も案外「役に立つ」わけである。
とはいえ、おいしい竹の子はやっぱりおいしいから食べたくなる。
これもまた人情である。
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