大きな柿の木の下で
富山本部校高校部
共通テスト対策用テキストに「柿」を扱った問題があったので、
やにわに「柿」を思い出した。今はなき旧実家の「柿」である。
旧実家には、道路側に長い板塀が続く縦長のわりと広い庭があり、
ど真ん中に大きな柿の木があった。
秋が深まるにつれ実がたわわに実り、長い竹の棒の先に切れ目を入れ、
実を支えている枝にこの切れ目を挟み込むようにして、枝ごと柿の実を収穫した。
幸いウチの柿は渋柿ではなかった。結構甘い柿だったと記憶している。
残念ながら僕は、柿のあのぼんやりした感じの甘味があまり好きではなかった。
今でもそれは変わらない。
たぶん食べるよりも、自然に落ちた実を塀に投げつける方が楽しかったのだと思う。
夏には、この木にとまる蝉やトンボなどを捕まえ、
冬の大雪の日には、この木を支えにして大きなかまくらを作った。
柿の木は、大切な遊び仲間だったのである。
区画整理に伴って、新しく実家を建て直す時、
広い庭も、あの大きな柿の木も、不意に消えていた。
「喪失感」という言葉をここで持ち出すのは、
現在の自分が幼少期の僕の思いを勝手に演出しているみたいで、ややはばかられるが、
図体の大きな遊び仲間がいなくなった後の空っぽの空間を見たあの時の僕は、
きっと生まれて初めて
「喪失感」なるものを知ったのだろうと思う。
